長政
戦国で長政、といわれると何人頭によぎるのだろう?
山田もいれば
浅田もいる
浅井もいるし
黒田もいる。
今回は黒田長政について話したいと思う。
この男のインパクトは第一に、兜ではないだろうか?
でかい。
風にあおられそうなくらい、でかい。
また数々の逸話がより、彼の知名度を上げているのだろう。
特に関が原の話による「左手」という父親・黒田官兵衛との話はなかなか有名じゃないだろうか?
もしくは大阪の陣で一躍を博した後藤又兵衛との諍いを思い浮べる人もいるかもしれない。
いや、黒田節が頭に流れる、という人も・・・
「いや、父親のほうが有名だし」という意見もあるだろう。
「幼少の時の話かなぁ」と信長に殺されかかった話を思い出す人もいるのではなかろうか。
そう、この男、なにげに話題には事欠かないのである。
なにげに、といってしまうのは父親がさらに話題に事欠かない人物だからである。
どうも父親の知名度が高いとそのあおりを受けてしまう気があって、実に惜しい。
武断派と思わせておいて、関が原では謀略の人となる。
その二面性がこの男の味わい深さかもしれない。
いや、後藤又兵衛との関係だ。
むしろ又兵衛のほうが好きだ!
という人もいるだろう。
一時は(長政のせいで)浮浪の身まで落ちた筆頭家老が最後に花を花を咲かせた地はなかなか味わい深い。
母里友信とのトラブルも、一触即発でありでありながらなかなか、内容を聞くとほほえましい。と、いうか餓鬼くさい。
「友信、今なんていった!?」
「あー、殿様が切れたー。短気ー」
「んだとぉ!!?」
こんな感じでした。
なんていうか、おもしろいね、こいつ。うん。